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2020-10-08

信じることって何?

こんにちは。
日中は暑くなったり、でも涼しくてちょっと寒い日も出てきました。
秋は好きですが、冬は、、辛い。
でも、今はただこの秋空を楽しんでします。

皆さんは「信じる」って言葉をどんな意味で使っていますか?
最近その言葉について考える機会を友人からもらいました。

私は、ここ数年で「信じる」という言葉が指す意味が変化しています。

以前は、「信じる」=期待通りの展開になりますように。と物事をのぞみ通りになるように祈りつつ?いるような感じ。

人に対して、特に夫婦間では信用問題って大きいですよね。笑
元々全く違う人間同士が平和に暮らしていこうとすると、歩み寄りや相手に合わせたり約束事をしたりが大事。交渉があった後は、それが守られると期待したりしていました。まさに夫を「信じて(=約束を守る、私の望む通りになる)」おりました。

でも、うちのおっと、約束とか全然ダメなんです。

しげちゃんって言うんですけどね。いい人なんですよー。10人に会ったら、10人に「旦那さん、いいひとねー。」と言われる。ほんとそう思う。

でも、変わることが全くできないマイペースでのんびりさん。
気持ちはあるっぽいんですよ!本気で約束してくれてるようだったんですけどね、もうずっと。でも、守れないんすよー。

人はね、変わらない。
私が変わる方が早いんだ、と全力で人生をかけて教えてくれた人です。
嫌味ではなくて、本当に感謝しています。

気づいたら、信じる、と言うのは、彼を思い通りの人間にするためでも、私が大切にされているのか測る為に使うのもやめていました。

彼だけではなくて、周りの状況や他人に対して信じる(期待通りになる)、と言うのをやめました。だってめっちゃ不安定だし、それ。笑
コントロールできないことにエネルギーを使うのをやめました。

今はどうしているか、と言うと、ほったらかしです。いい意味で。笑

信じる=最善が起こっていく、起こっている。(物事)
信じる=その人がその人の人生を生き抜く力がある(人)

と、信じるという言葉を、委ねるために使うようになりました。

決して何かを望まない、のではなくて、「期待」しているときは「願って」いると自覚して、流れに身を任せる。起こることや人を信頼する。

例えば、失敗とか最悪だ!って状況が最高の道に繋がってることもよくあること。人がどんだけ苦労する道を選んだり、遠回りしてる、と思っても、全ては選択ですよね。「選んでる」んですよね。その人が生まれてきて果たしたい何かがあるはずです。通りたい道があるかもしれない。それはその人自身もまだわかっていないかもしれない。それぞれの課題があって、人生の喜びは人それぞれ違うはず。そう思うと、おこがましく、こうあるべき!なんて言えないですね。笑 

みんなが違うって素晴らしい世界です。私はそう思います。

信じる=委ねる、になると楽です。私は、全然できない人間でした。これをするためにはどうする、とかすぐイメージしたり、計画立てて、根拠がないと信じられない。

頭固すぎー、笑 幼なじみにも笑われていました。

でも委ねるために、信じるために根拠なんていらないんですよね。

みんな必要なことが必要な時に起きていて、全ては最善に向かっている、もしくは最善なんだって決めてしまえばいいだけ。

だって、ベストなことなんて後になってからしかわからない!
正解なんて国や時代が違えば変わるし、みんなに共通したものなんてありません。

そして、人や状況はコントロールできない、と腹の底から理解すれば自ずと自分のやるべきこと(私はどうする、どうしたい)にしか意識がむかなくなる。

そう!他人や状況のことはいいんです。自分のことを考えていたら。

他人がどうでもいいのではなくて、委ねる、というのは見守ることだと思います。

ヨガの恩師からヨガを深めていくのは「修習」と「離欲」のバランスが大事、と何度も教えてもらいました。

「修習」とは何かを求めて働きかけていくこと、「離欲」は何を求めていたかも忘れて今を肯定していく、あるがままを受け止めていくことです。

働きかけないと、何も始まらないけれど、ずっと追い続けていたら「今」を感じることができません。求めていることにしか意識がいかないと不足感を生んで、希望を叶えても、次、次、と言うようにいつまでも満たされない。

願わない、のではなくて、願ってできることを尽くしたら、後は流れに任せる。「信じるて委ねる」とすごくどっしり自分の軸が安定する感じです。

だって、大丈夫なんだもん。

え、根拠はありません。笑 
ただ、私がそう「決めた」だけです。

こんな無茶苦茶なブログを読んでくださってありがとうございます。

何かしらのパワー送りますー。いいやつね。

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